霧ケ峰黒曜石遺跡

八島遺跡群・鷹山遺跡群・諏訪湖東岸遺跡群

旧石器時代の住居

転載元・http://rarememory.justhpbs.jp/kokuyou/



 旧石器時代の野沢遺跡の集落全体が調査され、3か所の石器や剥片が集中する地点があり、そのそばに3軒の住居があったとみられている。石器の分布、礫群、焼土から3つの生活空間・いわば所帯が想定された。石器はそれぞれ直径4mほどの範囲に分布し、そこに石器製作場があったようだ。また、南砺市(なんとし)福光の立美(たてみ)遺跡でも4か所の石器製作場が発掘され、火の使用も確認されている。いずれも旧石器時代後期の約1万5千年前の遺跡である。野沢遺跡や立美遺跡は1~2人程度の男性を中心とした小家族集団が10数人の狩猟仲間を結成し、自前の石器作りを行っていた場所とみられている。
 当時の住居は、深い竪穴や大木の柱を備える事は稀で、地上に数本の簡易な柱をたて上端を結んで支柱とし、萱・小枝・毛皮などで屋根を葺いた円錐形住居を基本とした伏屋(ふせや)式 平地住居であった。 風雨から身体・火種・道具などを守れば足りる構造であり、移動を前提としていた。








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